弁護士出身、子育てをしながら、スリーエムジャパン(3M)に入社後4年で社長に就任した宮崎裕子さんがテレビで紹介されます。
宮崎裕子さんはどんな経歴の人物で、子育てとの両立でどのような工夫を行ってきたのでしょうか。
2022年2月10日(木)23時06分から、BSテレ東「カンブリア宮殿」でも紹介されます。
早速見てみましょう。
宮崎裕子/スリーエムジャパン社長の経歴wiki・年齢・プロフィール
宮崎裕子のプロフィールと年齢
本名:宮崎裕子(みやざき ひろこ)
生年月日:1969年12月17日(52歳:2022年2月現在)
出身:埼玉県蓮田市
学歴:埼玉県立浦和第一女子高等学校、慶應義塾大学法学部卒業
留学歴:ワシントン大学法科大学院 知的財産法・政策学コース修了
家族:夫、息子1人
職業:スリーエムジャパン(3M)社長
肩書き:スリーエムジャパン イノベーション株式会社代表取締役社長、スリーエムジャパン プロダクツ株式会社代表取締役社長、スリーエム フェニックス株式会社代表取締役社長、ケーシーアイ株式会社代表取締役社長
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宮崎裕子の経歴
1996年 最高裁判所司法研修所を修了(48期)
同年 弁護士登録
同年 尚和法律事務所入所(現:ジョーンズ・デイ法律事務所)
2001年 あさひ・狛法律事務所入所(現:西村あさひ法律事務所)
2004年 Davis Wright Tremaine LLP(シアトル)入所
2005年 ニューヨーク州弁護士登録
2006年 あさひ・狛法律事務所へ復帰
2007年 デル株式会社 入社 法務本部 本部長 ジャパンリードリーガルカウンセル
2013年 日本アルコン株式会社 入社 法務コンプライアンス本部 部長
2014年 應義塾大学法学部法律学科 非常勤講師(現任)
2017年 スリーエムジャパン株式会社 入社 ジェネラルカウンセル 執行役員 法務及び知的財産担当
2021年6月 スリーエムジャパン株式会社 代表取締役社長(現職)
このもの頃は、好きなだけ習い事をさせてもらった、と語っています。ピアノ、そろばん、スイミングなど経験しました。
小学校では、男子より足が早い子でした。
中学校で陸上競技部に入部します。元々短距離を練習していましたが、競技人口も多いことから、中距離の800mに変更し、中学2年の秋の県大会と、中学3年の春の大会で2位になりました。
高校では、ボート部に所属し、団体競技を楽しんだと言います。
運動も学業も順調で、大学は指定校推薦で、慶應義塾大学法学部に入学します。
家が裕福だったわけではないため、朝はレジ打ち、夜はガソリンスタンドで働きながら、昼間は学校に通いました。臨時のアルバイトもし、司法試験予備校の学費を稼ぎました。
大学3年生で、司法試験の択一に合格し、大学卒業の翌年に司法試験に合格します。
その後、留学として、アメリカのワシントン大学法科大学院へ留学し、いくつかの会社を経て、現在のスリーエムジャパン株式会社の代表取締役社長に至っています。
宮崎裕子/スリーエムジャパン社長の成功の理由は?
自分が必死にチャレンジしながら、周りの人に自分の背中を見せ、周りの人ために環境を作る彼女の働く姿勢が、成功の秘訣なのかもしれません。
「Not the 社長 Type(社長じゃないタイプ)」と考えていた私自身が社長として働く姿を見て、「なんだか楽しそうにやってるな」と思ってもらえたら嬉しいですし、社員の皆さんがより自分の幸福を追求しながら働ける環境をつくりたいです。経験がないことに対して必死にチャレンジする自分でありたい。もがきながら挑戦する姿を見てほしいと思っています。私自身もまだ、キャリアのゴールに辿り着いたとは思っていなくて、これからも楽しんで探索を続けるつもりです。そんな生き方が一つのエールとして、若い人たちに届くと嬉しいですね。
宮崎裕子/スリーエムジャパン社長の家族は?
1996年に、最高裁判所司法研修所を修了した時には、既に結婚されていたようです。
2001年、息子さんを出産し、留学で家族と渡米しています。
それ以上は公開されている情報はありませんでした。
過去のカンブリア宮殿はこちら。
さいごに
今回は、スリーエムジャパン社長の宮崎裕子さんの経歴やプロフィール、成功の理由について調べてみました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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